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 古代中国・越の国から伝えられたことから日本では越瓜と書いてシロウリと呼ばれ、大阪では西成郡の木津村や今宮村が越瓜促成栽培の元祖とされている。この越瓜栽培が大坂城の城南に位置する玉造村にも伝わり大坂城の惣構である玉造門(黒門)付近で良質の越瓜が採れたことから玉造黒門越瓜と呼ばれた。当時お蔭参りの玄関口として栄えた玉造において玉造黒門越瓜は旅客等にたいへん評判よく、奈良漬として浪花名産のひとつとされた。
 しかし、玉造の町は近代の都市化により大きく様変わりし、越瓜栽培は東大阪や関西各地へとその名と共に変遷していった。
 
越瓜の伝播